「全滅だ」
2006年末ごろ、私は途方に暮れていた。
2000年に2名で会社A社を設立し、社員数が20名を超えていた会社の取締役として私は次の手を考えていた。
ウェブサイトの制作やウェブ解析のコンサルティング、ウェブ解析ツールの開発などを手掛けていたA社は次のツール開発やそれに伴う人材採用、事務所移転などを目的に資金調達を考えていた。
CFOを兼任していた私は複数のヴェンチャーキャピタル(以下VC)や企業と交渉していた。
その中で、事業会社S社からは好感触を得ており、それに連動して複数のVCとも交渉は順調。3社~4社から数千万円の投資を受ける方向で考えていた。
もちろんVCからの資金を受けるということは将来の株式上場も目指していた。
証券会社や監査法人、証券代行とも話を始めていた。
そして営業的な連携も考えS社とは営業面でも協力する話を進めていた。
ところが、ある日S社の投資担当者から連絡が入る。
「小坂さんこの話はなしにします」
この時はまあいいかと思っていた。
複数のVCもいたし、S社からの投資予定額はそれほど多くなかった。
営業面でのシナジー(連携)は見込めないが、資金面では十分だった。
ところがメールが次々来る。
なんと全VCが数日のうちに断りの連絡をしてきたのです。
話はさかのぼるが、私はもともと銀行員です。
銀行は秘密保持が大事で当然顧客の情報は漏らさない。
しかし、エリアを回っていれば、誰が銀行員か、どこの金融機関所属かはわかるし、どこに出入りしているかはわかってくる。
同様のことが投資の中にもある。
確かに投資内でどういう組織が投資を検討しているかは説明する必要がある。
その中で、S社が断ったという情報が流れていたのだ。
VCも当然秘密保持契約書はかわす。
しかし、ここで私がわかったのは、金融業界はライバルでありながら、お互い仲間であり、情報交換をしているということ。
S社という名前はわからなくても、事業会社の投資が消えたことをわかっていたのだ。
しかし、もう拡大に動き出しており資金は必要。
そこから再度動き始め、無事に2つのVCから資金調達に成功する。
そしてその拡大の中で翌年また複数のVCから話が来る。
そこで既存1VCの追加投資に加え、2つのVCが新規に投資をしてくれた。
また私の友人のエンジェル(個人投資家)からも投資を受けた。
ここで疑問に思う方がいるかもしれないので説明する。
拡大を目指し投資元を探すことは大変ではないかというように思う人がいる。
実際はそうでもない。
動き出せば次々に話は来る。
私は二けたのVCと話をしているし、事業会社も数社話をし、2社から投資を受けた。
そうなの?
そう思った人も多いだろう。
今話題になっている産業革新投資機構の話だ。
田中社長が辞任した理由として政府の説明はこうだった。
「国が資金を集めることで最も苦労する資金集めが不要だから民間よりも安い報酬は妥当」という話。
これは私が知っている話とは真逆だ。
投資を受けた後、VCから頻繁に聞かれたのは投資先はないですか?という質問。
「1000億円のファンドをつくったのですが、全然埋まっていません。」
そのような話はその後10年ずっと聞かれ続けた。
そう、資金集めは労力はかかるだろうが困難ではない。
10年前でも1000億円以上のファンドはあり、その後は1兆円超えるファンドも出てきている。
実際ソフトバンクは10兆円のファンドを作った。
しかし大変なのは投資先を探し育成することなのである。
さて、本題に戻る。
私は自分の投資を受ける苦労話をしたかったわけではなく、産業革新投資機構の評価をしたいわけではない。
ではその簡単という投資をどうやれば受けられるのかということ。
ポイントは3つある。
まず投資をする側、される側の目的を知ること。
投資を受ける会社はそれを元手に技術開発を推進したり、サービスの販促費用にあてて拡大し株式を上場するなどで大きな成功を得るということがある。
逆に投資をする側は株を売却することで投資額の何十倍何百倍という資金を回収する。
つまり、拡大の考えがあるということが必要である。
投資政策(使い道)と資本政策(拡大と出口戦略)というものを考える。
二つ目はその根拠を示せること。
すでにあるものもそうだし、これからやるもの。
そこで必要なのは技術力と市場分析。
それにより投資と資本政策を担保する。
三つめは意欲だ。
役員や主力技術者など主力の意欲である。
投資というのは当然外れることがある。
外れた場合高値で投資したVCは損することになる。
しかし大当たりが出れば大きな収益が出る。
それには意欲や能力が問われる。
そこを証明する必要がある。
他にもVC・事業会社に出資してもらう株価の交渉や、連携の内容もある。
そして意外に思われることが多いのは、投資企業が投資先を選ぶだけではなく、我々企業もVC・事業会社を選ぶのだ。
株を渡すということはある意味制約を受けるし、助けも得られるということ。
そのためにはVC・事業会社のスタンスや能力を見極めることが大事。
VC・事業会社によっては金も出すが口も出し積極的にかかわるところもあるし、しっかり報告をしていればあまり口を出さないところもある。
この見極めは成長戦略で大事である。
金があればいいのか、金銭面以外での支援を欲しいのか。
しっかり考える。
よく投資を受けたと社長がSNSでつぶやくと「おめでとう」というコメントがつくが、何もめでたくない。
そこからが一つ上のステップでより難易度の高い経営という戦いに挑むのだから大変なのである。
さて、そんな偉そうなことを言っている私はどうなのか?
結果的に私は2013年6月、とある事業会社に社長や私の株式はもちろん、各VC・事業会社も保有していた株全てを売却し100%子会社になった。
私は少しの利益が出たが、VC・事業会社は全て損を出した。
投資とはそういうもの。早期に出資した私たち自身よりも高い株価で投資したVC・事業会社はその事業会社と約束した株価では赤字になってしまったのだ。
申し訳なかった。
しかし、友人のエンジェルの声が私を救った。
彼も大損したわけだが、「投資というものはそういうものだ。胸貼って株の交渉をまとめろ。」と。
そしてその会社にその後も4年弱残ったが、その後会社を去りフリーランスになった。
今回の田中正明氏の経済革新投資機構の社長辞任のあいさつをみて思ったこと。
それは投資というのは並大抵のことではないし、投資先を見つけることも、育成することも、成功し利益を出して売ることも大変であるということ。
そこは外交などと同じで様々な駆け引きもあるし、大ナタもある。
おそらくそれらを経産省には理解されないと思い去ったのだろうと私は思う。
これを読んでくれた方は、投資家というのは理想を持ちながら、ドライであり、支援を有益にしてくれるが、見限るときは早いということを知ってほしいし、投資を受けることを毛嫌いもしてほしくない。
投資家を信頼しても信用してはいけない。
では、みなさんの企業がいい投資を受けられることを願います。